・痛みと鎮痛の基礎知識 

 

● 私たちには痛みがあるので、身体の損傷に気がつくことができる。しかし痛みを放置すると、さらに治療が困難な慢性痛に陥るので、 痛みを我慢してはいけない!

● 多くの患者さんが痛みに苦しんでいるので、痛みからの開放のためには、まず「痛み」を知ることが重要です。
1979年にIASPの痛みの定義が発表された。


痛みは、万国共通? (参考 英語 pain
西洋の「痛み」を表す言葉は、語源的に「罪に対する罰」の意味を有している。(バビロニア人は、痛みを伴う病気はすべて罪の報いで、悪魔あるいは、魔神の呪いと見なしていた。←ハンムラピ法典)フランス語にも英語の「pain」に対応する「peine」という言葉がある。これらはいずれもラテン語の「poena」あるいはギリシャ語の「poeine」に由来している。ギリシャ語の「poeine」は、「penalty (刑罰)」を意味する言葉である。「punishment (処罰)」という言葉も、これから派生してきた言葉である。
西洋人は、古くから体の痛みを人間の罪に対する神の罰として捉えた。キリスト教では、神ははじめに天と地を創造した。神はご自分にかたどって人を創造された。神の姿に似せて神によって創造された人間の体が痛むのは、神に背いて、罪を犯したからである。痛みは、人間の原罪としてのアダムの裏切りと、人間の罪を一身に背負って受難したキリストの磔刑に象徴される。
ドイツ語 schmerz  フランス語 douleur  スペイン語 dolor  日本語 痛み


日本語の「痛み」には、罪の意味は含まれていない。名詞の「痛み」は、副詞「いと」(「いとおかし」の「いと」)などと同じ語源を持ち、程度の激しさを表す「いた」からでたものである。形容詞の「痛し」は、「甚だし」と「いたし」の両方の意味で用いられた。
甚だし 並々でない。激しい。ひどい。立派である。素晴らしい。 痛し 痛い。苦痛である。苦しい。つらい。いたわしい。かわいそうだ。

「痛」という漢字の成り立ちは、「やまいだれ」が意味する病気と、「突き通る」の意を持つ「甬(つう)」を合わせたもの。「突き通るように痛む」という意味である。


身体の痛み
「胃痛」「胸痛」 心に憶える痛み 「悲痛」「鎮痛」
非常にあるいは極端な状態

「痛恨」「痛烈」「痛快」

患者 日本語 患者
「患者」とは「患うもの」「患」という時は、「心」の上に「串」がある。「串」の元の漢字には「貫く」という意味があり、「患」とは「心が貫かれて痛む」という意味のようだ。
一説に、「串」の元の漢字には「閂」という意味もあり、「心がふさがる」という意味のようだ。 英語 patient

英語のpatientは、「我慢する人間」に由来する。「patient」は、形容詞であり、「我慢強い、辛抱強い、忍耐強い」という意味である。ラテン語では、「苦しみに耐える、我慢する」を表す動詞ん「patior 」の現在分詞が 「patiens」であり、これが英語の「 patient」となった。


しかし、すべての人の「痛み」は我慢せず、すぐに取り除くべきである。 「患者の人権」を最大限尊重しているアメリカの病院では、患者はもはや「patient」ではなく「client」と呼ばれつつあり、日本でも「患者の権利」を尊重しようと姿勢がうかがえるようになってきた。 

 

 

痛みとは

痛みの定義  『世界疼痛学会』

不快な感覚性・情動性の体験であり、それには組織損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものがある。

痛みはたいへん不快な感覚であり、不快な情動を伴う体験である。
外部からの侵害刺激や生体内の病的状態なときや、その時点では組織が傷害されてなくても、それらの刺激が長く続くと組織が傷害されると予想されるときに生じる感覚である。
従って、痛みは「生体の警告系」として重要な役割を果たす。(不幸にも痛みを感じない先天性無痛症という疾患がある)
しかし、痛みは痛みの悪循環を引き起こすので、「生体の警告系」であっても、鎮痛処置が必要である。(もちろん痛みの原因は治療することは最重要
痛みは、体温、脈拍、呼吸状態、血圧の次の第5のバイタルサインである。
痛みの原因は末梢や神経系で発生するが、「痛み」として認識するのは、脳である。
痛覚は触覚が強くなったものではなく、独立した感覚である。痛覚のための侵害受容器、痛覚関連ニューロン、痛覚伝導路が独立して存在する。
痛みは、「単に痛い!」という「感覚的側面」だけでなく、痛みに伴う「情動的側面」がある。「情動的側面についても治療が必要である。


痛みは他の人と共有できない感覚である。痛みに関する表現が異なるだけでなく、痛みの感じ方も多様であると考えられる。
同一人物でも、時によって痛みの感じ方が異なる
単に、心理的要因だけではなく、痛覚伝導路の傷害、抑制系の活性化や異常な神経系の賦活により、痛みを通常より強く感じたり、通常より弱く感じることがある。

患者さんが痛いというのであれば、それがその患者さんの痛みであり、苦しみである。
痛みには、身体に異常が見あたらない痛みもある。しかしそれは気のせいのようなものではなく、神経系に生じた何らかの変化によって生じる痛みもある。

※ 痛みを放置すると、患者がつらく病状も悪化するだけではなく、痛みの悪循環が生じ、慢性痛に移行することがあるので、できる限り除痛することが重要である。


慢性痛は、痛みの原因が慢性的に続いている場合と、痛みの原因が治癒した後にも続いている場合がある。
慢性痛は、組織傷害に伴う一つの症状ではなく、痛み自身が病態であるので、痛みはできる限り治療する必要がある
同じような病態が続いても、慢性痛になる人ならない人とがいる。
慢性炎症や神経損傷では、痛覚過敏(侵害刺激に対する閾値が低下)や、アロディニア(通常痛みを生じさせない刺激で痛みを生じさせる)を引き起こす。
難治性の慢性痛は、患者さんがつらいだけではなく、医者もたいへんである。
神経系には、痛みを伝える系だけでなく、痛みを抑える系がある。
痛みを抑える系は、鎮痛の研究の手がかりにもなるだろう。

痛みに苦しむ患者さんが多いので、「痛みのメカニズム」と「鎮痛のメカニズム」の両方を研究する必要がある。


様々な痛み

● 頭痛
・ 片頭痛
・ 筋緊張性頭痛
・ 群発頭痛
・ 症候性頭痛
・ くも膜下出血

 

● 口腔顔面痛
・ 歯痛
・ 舌の痛み
・ 顎関節症
・ 三叉神経痛


● 頸肩腕痛
・ (肩こり)
・ 頸部椎間板ヘルニア
・ 頸椎症
・ 頸肩腕症候群
・ 肩関節周囲炎(五十肩)
・ 頸部脊柱管狭窄症
・ 胸郭出口症候群
・ 腕神経叢引き抜き損傷
・ 肩手症候群
・ 外傷性頸部症候群(むち打ち症)


● 胸痛
・ 虚血性心疾患
・ 解離性大動脈瘤
・ 気胸
・ 胃食道逆流症


● 腹痛
・ 急性腹症疝痛
・ 胆石症
・ 急性膵炎
・ 尿路結石症
・ 機能性ディスペプシア
・ 過敏性腸症候群
・ クローン病
・ 潰瘍性大腸炎


● 腰背部痛
・ 腰部椎間板ヘルニア
・ 変形性腰椎症
・ 腰部脊柱管狭窄症 腰椎分離症
・ 腰椎すべり症
・ 椎間関節症
・ (坐骨神経痛)


● 膝の痛み・下肢の痛み

● 慢性痛
● 関連痛
● 機能性身体症候群
● 筋骨格(運動器)系の痛み
● 骨の痛み
● 骨折
● 骨転移
● 骨粗鬆症
● 関節痛
● 関節炎
● 変形性関節症
● 関節リウマチ: RA
● 痛風
● 脊椎関連の痛み
● 椎間板ヘルニア
● 馬尾症候群
● 強直性脊椎炎
● 筋痛
● 有痛性痙攣
● 遅発性筋痛 DOMS
● 筋筋膜痛症候群: MPS
● 線維筋痛症候群: FMS
● コンパートメント症候群
● 血流傷害による痛み
閉塞性動脈硬化症:ASO
● バージャー病:TAO
● 肢端紅痛症
● レイノー症状
● 免疫疾患による痛み
● 膠原病
● 神経因性疼痛(末梢神経障害/神経痛)
● 帯状疱疹痛
● 三叉神経痛
● CRPS
● 絞扼性神経障害
● 胸郭出口症候群
● 手根管症候群
● 脊柱管狭窄症
● 糖尿病性ニューロパチー
● ギラン・バレー症候群
● シャルコー・マリー
● ツース病
● ハンセン病
● 化学療法薬によるニューロパチー
● 放射線療法によるニューロパチー
● 腕神経叢引き抜き損傷
● 幻影痛
● 中枢性疼痛
脊髄損傷後痛
● 脊髄空洞症
● 脊髄癆
● 脳卒中後痛、視床痛
・ 多発性硬化症
● 皮膚の痛み
● がん性疼痛
● 術後痛
● 廃用症候群
慢性疼痛→慢性疲労症候群
● 外傷による痛み
● 間歇性跛行
● 壊疽(聖アントニウスの火)
● 精神科、心療内科領域の痛み(いわゆる心因性疼痛など)
● 身体表現性障害
● 疼痛性障害
● 身体化障害
● 虚偽性障害
● うつを伴う慢性疼痛
● 統合失調症における疼痛(境界性パーソナリティ障害)
● 心身症
● 機能性身体症候群
PTSD
● 愁訴/不定愁訴
● Parkinson病
● レストレスレッグス症候群

● 男性の痛み
● 女性の痛み
● 小児の痛み
● 高齢者の痛み
● 無痛/鈍痛
● 先天性無痛症・CIPA/HSAN-IV・HSAN-V・SCN9A channelopathy
● その他

愁訴 complaints
寒け、冷え、のぼせ、めまい、頭痛、耳鳴りなどのはっきりと自覚できる症状を訴えること。
また、自律神経失調症や器官神経症などのように訴えが漠然としており、しかもそれを裏づける身体的病気がない場合、これらの症状を不定愁訴という。


不定愁訴 unidentified complaints(自律神経失調症)
不定愁訴とは、体のどこが悪いのかはっきりしない訴えで、検査をしてもどこが悪いのかはっきりしないものを指す。
全身倦怠感、めまい、頭重、頭痛、動悸、耳鳴り、しびれ感、動悸、微熱感、のぼせ、四肢冷感下痢など自律神経系の関与が強く考えられる。


《身体的愁訴 不定愁訴》
患者の特徴訴えが主観的、他覚的・客観的所見に乏しい。訴えは強い。多彩。質的・量的に変化やすい。

《不定愁訴を呈しやすい疾患不安神経症》
● 身体化障害
身体的異常(-)、身体症状(++)、
例:転換性障害、若年発症、慢性化起立性低血圧:めまい、立ちくらみ、動悸が主体,
薬剤性に注意、起立試験立位負荷仮面うつ病:早朝覚醒、
食欲不振,抑うつ気分、
抗うつ薬有効本態性自律神経失調症精神科疾患